浦和に関するネタを中心に、サッカーネタやコラムを書き綴ってます。
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先日、知人と話したこと。

その知人がイタリアにシェフとして留学してた時の話。

イタリアと日本の組織の考え方の違いについて…

イタリアではあくまで個人の技量が上がらなければ、組織力は上がらないという考え方だそうな。

しかし、日本では「護送船団方式」と呼ばれる、みんなで底上げを目的とする組織が多い。

イタリアではそこに従事する者だけでなく、管理者まで技量を問われるという。

なので、衝突なんて日常茶飯事。

お互いに納得のいくまでトコトンやりあう。

その中からそれぞれが最高の技術を出しあって、最高のモノを作り出す。

そんな考え方だそうだ。

彼らはそうやって衝突の中からお互いの信頼関係も築いていく。

だから、自己主張をしなければ組織の中で生きて行くことはできないそうだ。

恋愛でもイタリア人は自己主張が多いという。

「日本人の女性がイタリア人の男性にコロッと行きやすいのは、気持ちを言葉で表すことに長けているためだ」とも評していた。

話を戻そう。

サッカーにしても個と組織に対して同じような考え方を持っているらしい。

彼にしてみれば「育成」なんて「場馴れ」だけで、それ以外のもの(たとえば、基本的な技術や運動量など)はレギュラークラスと同じものが備わっていて当たり前ということらしい。

「では、なぜレギュラーと控えに分かれるのか?」と問えば…

彼曰く「単に監督から信頼されてないか、嫌われてるだけだろ」ということ。

ここにおける「信頼」とはプレーや技術でなく「人間的に」という意味らしい。

要は、衝突を繰り返す中で根本的に考え方が違うとか、サッカー観が違うとか…

そんな理由で有能な選手を使わないのだから、監督も結果を出さなければすぐクビになるし、選手も信頼されて使われているのに結果が出なければ干される。

イタリアのサッカーシーンではそんな考え方が背景にあるのだ。

なので、闘が今回浦和を辞めたことについても一刀両断。

「あんなグチグチ言って、闘莉王はみっともないと思わないのかね?彼はイタリアではプレーできないよ」と。

知人曰く、「闘莉王は試合に出してもらった、その時点でイタリア人なら監督に感謝するね。そして、どんなにひどいフロントでも在籍させてくれていることにはもっと感謝しなければならない。それを反故にするような発言をしていたのなら彼はカルチョの国では銃を持たずに外出できなくなるだろう、ファミリーを大事にしない人間はクズ」とまで言うのだ。

そういう意味では、イタリアというのは国民的背景として個を尊重する文化が成り立っている反面、マフィアと汚職の国といわれる国らしく「組織(家族や仲間も含む)」の成熟度も想像以上のものがある。

国によっての文化や考え方の違いってよく耳にするけど、ここまで違うとは思わなかった。

彼が最後に残した一言…

「映画ではゴッドファーザーが有名だけど、サッカーでいえばACミランのマルディーニ家がイタリアの象徴だよ」と。

それにしても、イタリア人の「個」と「組織」は「血でつながっている」っていうほど強いと聞いたことがあるけど、やっぱりカルチョの国だと改めて実感した。


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