浦和に関するネタを中心に、サッカーネタやコラムを書き綴ってます。
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終戦記念日でしたね。
毎年、この日だけでもあの戦争がどんなものだったのか…
それを考える機会が与えられる事は、とてもいいことだと思います。


あと、30年もすれば、あの戦争は風化して、実体験を話せる者はいなくなるでしょう。
だからこそ、我々は戦争の実情を正確に把握しなければなりません。



それは…戦争がどういう経緯で行われたかではなく、戦争が起きて市民がどういう目に遭ったかという事です。



なぜ戦争が起きたのか、軍部は何を考えていたのか…
そういう部分を知ることも、歴史の興味という部分ではいいでしょう。


しかし、我々が語り継ぐべき「戦争」というものは、我々に与える「恐怖」を伝える事だとおもいます。


くしくも、TVでボスニア=ヘルツェゴビナの戦争の惨劇を伝える番組をやってました。
実は、この戦争をTVで見ると、ある方を思い出すのです。


そう、オシム元日本代表監督です。


彼は旧ユーゴのサラエボ出身で、旧ユーゴスラビアの最後の代表監督でした。
なぜ、「最後」の代表監督になったか?
彼が監督在任中に戦争が起きてしまったのです。


彼は、抗議の意味で代表監督を辞任します。(この時、代表には現名古屋の監督・ストイコビッチがいました)
その後、ユーゴスラビアは国連の制裁決議を受け、UEFAやFIFAから国際試合禁止の締め出しを食らいます。


オシムはこの戦争の意味を自分なりの考えで、日本代表やジェフ千葉で選手に伝えます。
その薫陶を受けた選手たちは、とにかく他の選手よりよく走ります。
彼らに言った言葉にこういうものがあります。



「とにかく、走りなさい。君たちは走り過ぎて死ぬ事は無い。子供を抱えた母親が20km走って、最後は銃で撃たれる…そのような事はこの国には存在しないのだから」(サッカーの1試合の走行距離の目安が10-12km)


「走れないのなら銃を持った兵士に追いかけてもらえばいい、誰でも一生懸命走るだろう。でも、それはサッカーではない」



世に言う、オシム語録の一節です。
これって、本には載ってないです。
祖母井さん(ジェフ千葉・元統括部長)のインタビューで紹介された言葉です。


なぜ、オシムが出さないかというと、「政治とサッカーは別」という強い信念があって、オシム語録の本から外された言葉だそうです。
それでも、戦争を知らない選手へ戦争の現状を伝える事、そしてサッカーを出来る喜びを感じる事、そしてサッカーは走れなければ引退する…
オシムの3つの信念が込められた言葉だと感じています。



いま、日本の指導者(学校の先生も含む)でこれだけの事をきちんと教えられる人はいないでしょう。
何せ、「体験」がないのですから。
しかし、それでも伝えなければならない事はあります。



俺が娘やこれから生まれ来る子供たちに伝えられる事…
このオシムの言葉は凄く深い一文です。


最後にこの一言…


サッカーは平和であるからこそ成立するスポーツだ。 (イビチャ・オシム)



オシムの言葉 フィールドの向こうに人生が見えるオシムの言葉 フィールドの向こうに人生が見える
(2005/12/05)
木村 元彦

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