浦和に関するネタを中心に、サッカーネタやコラムを書き綴ってます。
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[クラブ]

クラブについては、「地域の誇りとなるクラブ」を目指したホームタウン活動やスタジアムでのホスピタリティ向上などの活動を進めつつ、「経営面での筋肉質なクラブ」づくりを目指しました。
ホームタウン活動は、クラブスタッフがAll Come Together!の活動を通してホームタウンの方々とのコミュニケーションを深める等積極的に取り組みました。
レッズランド、ハートフルクラブ、浦和レッズレディースは、スポーツ文化の構築には不可欠であり継続します。
今後はより多くの方々に参画していただき、一緒にスポーツ文化をつくっていけるよう推進していくことが大切です。
スタジアムでは、飲食ショップの運営の改善をスタートさせました。テーブルシートの創設等席種の改良を実施しました。
シーズンチケットに関しては、来シーズンの更新分から、席種・枚数・名義等の変更を受け付けることにしました。
ただ、スタジアムでの賑わいづくりやシーズンチケットホルダーの皆様との絆づくりはまだ課題が残っています。
例年開催してきたレッズフェスタについては、会場の都合や東日本大震災の影響等で開催出来ませんでした。
改めてお詫び申し上げます。
今年は3月11日に東日本大震災が発生しました。
Jリーグはシーズンを無事終えることが出来ましたが、多くの方の命が奪われ、また、復興には今後も相当の時間がかかると見込まれます。
浦和レッズは、義援金募集活動を行いました。
街頭やスタジアムでの活動はもちろん、試合減によるシーズンチケットの代金払戻分等ファン・サポーターの皆様から多くの義援金をお預かりしました。
クラブや選手・スタッフからの義援金やチャリティセール売上の一部とともに、これまでに5,710万円を被災地にお届けしました。
また、ファン・サポーターの皆様を含めた有志の方々のご協力で、被災地に対する物資支援も行いました。
このほか、ハートフルクラブは岩手県の被災地を訪ねる支援プログラムを計7日間実施したほか、埼玉県内の避難所も訪問しました。
支援活動は長い期間の取り組みが必要であり、来シーズン以降も行っていく必要があります。
リーグ戦のホームゲームでの1試合平均入場者数は33,910名と昨シーズン比6,031名減少しました。
入場料収入の依存度が高い実質的な「市民クラブ」であることで分かる通り、入場者数は最大の指標です。チームの不振や東日本大震災による影響もありましたが、「誇りあるクラブ」づくりについても、失敗が続いていると総括すべき1年でした。
チーム・クラブともに大きな方針を実現できず停滞・後退したことによる経営的な悪影響に対しては、効率的な経営を図り減収分を吸収する等努めました。
ここ数年は、筋肉質で効率的な経営体制とすることに着目してきましたが、一定の成果がありました。
一方で、浦和レッズは夢・希望・幸せを提供しながら、ホームタウンの皆様と共に歩むことに存在意義があります。
入場者数減少は存在意義の低下を意味する重大な問題点であると肝に銘じなければいけません。
経営体質の強化は継続しつつも、今後はクラブの存在意義を追求するという原点に着目した取り組みを加速し、一人でも多くの方が、浦和レッズに夢や希望を感じ、仲間と一緒に共に将来の浦和レッズづくりに参加・参画していきたいと思われるようなクラブづくりを行います。
2012シーズンは、クラブ設立20周年を迎えます。この機会を活用して浦和レッズを取り巻く方々と共に歩んでいく活動を活発化させる決意です。
記念イベントだけに終わらせるのではなく、20年の節目に立ち会った者として「この街に浦和レッズがある幸せ」の輪をさらに広げて、次世代の人たちへ繋げていきたいとの“おもい”を具現化すべく、現在クラブ内にプロジェクトチームを設置し具体的検討を進めております。
例えば、継続年数に応じシーズンチケット保有者の皆様との関係を深めたり、ファン・サポーター、ホームタウンの皆様と意見交換や活動を共にすることで絆を深めたりする方策を検討しています。
社名を現在の「三菱自動車フットボールクラブ」から「浦和レッドダイヤモンズ」等に変更することもテーマに乗せ、皆様が「浦和レッズは自分達のクラブ」との思いが強まるような取り組みを進めます。




先日書けなかった続きを…
一つ言いたいのだが、浦和レッズが「夢・幸せ・希望」をもたらす存在になるとあるが、浦和レッズの職員・選手・スタッフは、今のクラブ状況が誇りを持って「夢のあるクラブ」と言えるのだろうか?
それが全ての原点だと思う。
それが無ければ、サポは到底それを感じる事は出来ない。
さて、「経営面で筋肉質なクラブづくり」とあるが、実際にそうだっただろうか?
ぶっちゃけ、今季の補強は結果を見る限り、本来の補強ではなく、名ばかりだったと言える。
これは選手の責任ばかりでなく、フロント主導で行った後のチームへのフォローが無かった事も同じ事だ。
マルシオや永田・原といった大型補強をしたものの、3人とも前在籍チームの活躍とは程遠い結果になった。
監督の意向に沿わない「名ばかり」の補強が、結局は、チームを路頭に迷わせる一つの要因にもなったと言える。
それと、「筋肉質」にするためのカネ稼ぎが、チームの得点力を失わせる結果になるとは夢にも思わなかった。
ランコも当初は期待感を漂わせていたが、結局は、ナビでの一時的な活躍は見られたものの、リーグでは無得点という「点取り屋」としては割に合わない「契約」になってしまった。
そういう部分では「経営面=カネ」だけが独り歩きして、本来の「筋肉質」とは遠くかけ離れた状況になったと言える。
来季は、クラブ創設20周年ということでいろいろ書いているが、ぶっちゃけ、そこまで言うなら、クラブが一体となって今までの「守りの姿勢」を改善すべく、ある意味、なりふり構わず前に進む姿勢を見せて欲しい。
まずはクラブがそういう姿勢を見せなければ、サポが変わるのは所詮無理な話だ。
いや、サポがいくら頑張ってもクラブが答えなかった結果が「今」である事を名実ともに肝に銘じて、実行に移して欲しい。
「三菱」から「浦和」に変える事は大いに賛成だが、暖簾が変わっても中身が伴わなければ、むしろ、「浦和」を名乗る事が「浦和」の名を汚す事になる。
そういう意味でも、クラブはいい意味での「緊張感」を持って運営する事を切に願うばかりだ。




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浦和の来季監督に今季限りで広島監督を退任したミハイロ・ペトロヴィッチ氏(54)が就任することが13日、電撃決定した。
12日深夜にペトロヴィッチ氏に一本化され、山道守彦GM代行(48)らが広島に出向いての電撃交渉が実を結んだ。
13日早朝から山道GM代行ら強化部スタッフがペトロヴィッチ氏の住む広島に足を運び、初交渉に臨んだ。
推定年俸5000万円の提示にペトロヴィッチ氏も快諾。
混迷を極めた浦和の監督問題についに終止符が打たれた。
来季の指揮官が決まったことで、水面下で進められていた選手補強も一気に本格化する。
ゼリコ・ペトロヴィッチ前監督(46)の下スタートした今季は年間を通じて低迷。
残留争いの末、15位で何とか生き残った。
そして迎える2012年、赤い悪魔はもう一人のペトロヴィッチ監督の下、栄光に向かってリスタートを切る。【スポニチ】

◆ミハイロ・ペトロヴィッチ
1957年10月18日、セルビア(旧ユーゴスラビア)出身の54歳。
現役時代は主にMFでシュトルム・グラーツ(オーストリア)などで活躍して93年に引退。
シュトルム・グラーツでは元日本代表監督のオシム監督の下でコーチを務め、03~06年に同監督。
06年6月から広島で監督を務め、主な成績は08年J2優勝、09年J14位、07年度天皇杯準優勝、10年ナビスコ杯準優勝。
89年にオーストリア国籍を取得。


まずは、ミハイロ、ようこそ、浦和へ!
とにかく、落ち切ったこのチームをしっかり再生させて欲しい。
タイトルとは言わないが、せめて、選手が楽しんでプレーできる環境を作って欲しい。

それにしても、今回の監督決定に至るまでの経緯がマスコミに漏れ過ぎてる。
なぜ、ここまで漏れてしまったのか全く不可解。
それ以上に、なぜ、岡田・西野・ミハイロ・健太の4人をリストアップしたのか?
それぞれの監督の持つ「色」が違い過ぎるし、クラブがどんな方針を持って交渉にあたったのかを疑いたくなる。

さて、山道氏が強化責任者としてその任に当たったらしいが、彼はGM代行のままである。
彼はGMになるのだろうか?
それとも、4月に交代されると噂されている社長と共に去ってしまうのだろうか?
彼は今季終了までの「代行」であって、来季については長期間任せられる「GM」を据えてその任に当たらせるべきだと思っていたのだが…
そういう部分からして、浦和の方向性に一抹の不安を拭いきれない。

話を戻すが、ミハイロのサッカーはその色がチームに根付くまで時間が掛かると言われている。
少なくとも広島ではそうだった。
これが浦和に全て当てはまるかは分からないけど、もし、時間が掛かった場合にクラブはそれでも待てるのだろうか?
フィンケの時ですら待てなかったのである…あと1年すら。

プロだからこそ「結果」を求めるのは理解するが、そのためにクラブがすべき事をしたのだろうか?
この1年は、無駄ではなかったと思いたい…クラブが全てを反省し、本当に変身を遂げてくれれば、そう思える日が来るだろう。
とはいえ、また社長や強化責任者が猫の目のように変わり、残された監督が、またもサポートを失うというような失態だけは今度こそ避けて欲しい。




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[チーム]

今シーズンは、2008年シーズン終了後に掲げた「レッズスタイル」を次の段階に進めることを目指しました。
「本当の意味で強くて魅力あるチーム」を構築し続けることを目的に、クラブと監督の目標や役割を共有する等チームマネジメントを育みながら長期的にチーム作りに取り組んでいくことを「レッズスタイル」と表現してきました。
実際のピッチ上での戦術は、チームや試合の状況によって柔軟に対応するものの、勝利への執念をベースにイニシアチブ(主導権)を重視した闘いを目指すものです。
新たに監督にペトロヴィッチ氏を迎え、昨年までに築いたものをベースに反省点を加味して、よりアグレッシブなサッカー、フェアプレーの追求、勝利への執念、チームマネジメントの強化等を掲げ臨みました。
リーグでは、開幕ダッシュに失敗し、夏場には昨シーズンと同レベルの勝ち点まで挽回したものの、その後勝ち点を稼げない状況に陥りました。
トレーニングで修正を続けましたが、戦術面等で昨シーズンまでに蓄えたものからの進化がなかなか見えず、厳しい内容のゲームも目立ちました。
失点が少ないことは収穫でしたが、アグレッシブさが不足し、得点力がアップしない状況が続き、当初掲げた狙い通りのチームに成長したとは言えない状況でした。
チーム立て直しの一環として9月にはクラブと監督のコミュニケーションの改善による監督へのサポート体制強化と、次シーズンの円滑なチーム編成作業の着手を狙い、強化責任者を交替しました。
その後のYNCで3連勝し7年ぶりの決勝進出という貴重な経験を体験することができましたが、リーグでは4試合勝利を挙げることができず、10月には16位とJ2降格圏に入る状況となり、J1残留を死守するために、ペトロヴィッチ監督から堀孝史監督に交替しました。
堀監督は非常に苦しい状況からのスタートで、また短い期間にもかかわらず、リーグ戦5試合で2勝1分け2敗でJ1残留にこぎ着けました。
戦術浸透に向けた練習を繰り返すと共に最後まで全選手が一丸となって戦ったことで、チームの勢いが少しずつ戻ったことが、残留の原動力となりました。
シーズン途中でチームを担う責任者2名を交替したこと自体大きな反省点です。
監督選任、補強といったチームの編成機能に課題があったことが大きな要因と捉え、9月以降は強化部を中心に据えながらクラブ内で合議の上でこれらの作業を進める体制に急遽移行しました。
一方、アカデミーセンター出身をはじめとする若手選手たちの台頭は続いています。
山田直、濱田、高橋、原口は五輪代表に、原口は日本代表にも召集されました。
ペトロヴィッチ氏のもとで、コーチングスタッフとメディカルスタッフとのコミュニケーションの改善、けがの抑制、チームによる地域での貢献活動の積極化等の収穫もありました。
これらは来シーズン以降に向けての財産です。
全体としては、結果・内容とも失敗に終わったシーズンとなり、深くお詫び致します。
2012シーズンは、チームの狙いや目標がしっかりとピッチ上で表現されるようなチームづくりを目指します。



正直、チームに関してはどの項目を取っても、シーズン当初の目標とは大きくかけ離れたとしか言いようが無い。
しかも、その要因が監督のマネジメントにあるような形で語られているが、実際にはクラブのサポートが不完全な形だったばかりか、足を引っ張る結果となった。
チーム得点王のエジを移籍金稼ぎのために放出し、失った得点力を補うべき人材を用意できなかった事はクラブの大失態。
目先のカネに気を取られて、もっと大きな「クラブの信用」を失ったのが今季だと言える。
成績不振に対してフロントも手を打ったような説明をしているが、結果、監督は自らの指針を失い、地図を失った「水先案内人」に船を任せる形になったのは否めない。
確かに、クラブとしてはいくつかの収穫もあったのだろうが、サポにとっては収穫どころか、失ったものの大きさの方が目立って仕方が無い。
GMの交代に関しても、個人的には止む無しとも思えるが、順序を完全に間違っていたし、新たなGMを据えずに、それまで何もできなかった強化部主導での立て直しは、他に打つ手が無かったとも言えると思う。
地域貢献も「頑張りました!」と言っているが、過去数年よりも実質的な「地域貢献」は下がったと言える。
確かに、回数だけ見れば多かったかもしれないが、それはクラブからの積極的なアプローチではなく、自治体からの要請で動いていた感が否めない。
だからこそ、観客動員に結び付けられなかったとも言える。
また一方では、チームの成績が下降している中で、選手への影響を考え、イベントへの選手供与を断った話もちらほら聞いている。
結局は、最初のボタンの掛け違いが、最後に大きな代償となって表れたのが、今年のチーム状況だと言えると思う。




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浦和レッズは2011シーズンの総括をまとめましたので、その概要をお知らせ致します。
12月17日(土)に再開する天皇杯という大切な闘いが残っており、天皇杯には全力で臨みます。
しかしながら、シーズン全体についての早期の検証が必要と考え、公表させていただくこととしました。

[はじめに]

2011シーズンは年初に「結果と過程の両面を追求する年」と位置づけ、Jリーグ制覇を目標に掲げ、指導体制並びに戦力の刷新を図って臨みました。
リーグ戦はJ1残留を果たしたものの15位で終了しました。
ヤマザキナビスコカップ(YNC)では7年ぶりに決勝に進出し準優勝となりましたが、非常に厳しいシーズンとなりました。
「強くて魅力あるチーム」「地域の誇りとなるクラブ」を目指し続けるという大きな方針に向けた歩みを停滞・後退させてしまったことは否めません。
東日本大震災の影響はあったものの、入場者数が4年連続で減少したことに現れており、クラブに対する信認が大きく低下したことを重く受け止めています。
クラブ・チームが進む方向性を含め数多くの課題が残りました。
この反省を糧に、来シーズンは再建・再生に全力を傾け、実現して参ります。



そもそも、結果と過程の両面を追求する年の指揮官がゼリコだという理由が不可解だった。
過去、7年で結果を出せなかったばかりか、選手との不和・成績不振なども含めて6度もクラブを変わっている人が「結果と家庭の両面を追究する」にふさわしい人材なのか?
いや、監督探しも相当困難を極めたのは、スポ新報道だけでも何となく分かっていた。
北野氏が南米に行って交渉した某代表監督は、W杯後も指揮を取ることが決まってた様であえなく撤退。
(W杯後、その方は後ろ盾だった協会会長が失脚しフリーになる)
後日談として、大将が実は10月にオファーを受けてたとか、他にも日本人や外国人候補にも声を掛けていたとか…
そういう事実だけ見ても、決して「意中の人」では無かったと分かってしまう。
各所でゼリコ本人が「クラブの人間とは事あるごとに話していた」「何故、俺を呼ばない?」とまで言っていた。
要は、強化担当が行き詰った末に出したのが、「ゼリコ」という結論だったのだろう。
で、クラブに対する信認が低下した原因が何なのか?
確かに結果も大きな要素だろう。
しかし、それだけとは思えない。
簡単に言えば「夢のあるクラブ」とは程遠い姿になったのが大きな要因ではないだろうか?
観客数の低下だけじゃない。
外部からの新人選手獲得でも、大きく水をあけられたことからも言える事だと思う。




反省反省
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J1浦和からの監督就任要請に前向きだった前G大阪監督の西野朗氏が12日、浦和の橋本光夫社長に断りを入れたことを明かした。
西野氏は「電話で『本当に申し訳ない』と言った。浦和は再建に対して強い気持ちがあり、それに応えたいという(気持ちを)自分も浦和に対して持っていたが、自分の気持ちが足りなかった」と話した。
理由はG大阪からの退任通告が11月末と遅く、新たにビッグクラブを率いるための気持ちの切り替えが間に合わなかったためという。
今後、他のクラブからオファーがあっても「恐らく同じ気持ちでしょう」と交渉に応じることを否定。
G大阪から打診されたゼネラルアドバイザーにも、就かない意向を示した。(共同)


正直、このニュースに驚いてます。
実際に、西高サッカー部OBの友人経由で、西野氏の周辺にいる人から「たぶん、受けると思うよ」という話を聞いていたので…。
万が一という事で危惧していた「余程の失態」があったのかな?とも勘ぐってしまいます。
ただ、会談後の西野氏談ではかなりの好感触だったようですし、「あとは自分の気持ち次第」という「気持ち」にどんなブレを生じたのか?
今はその辺の話が漏れ伝わる事は無いだろうけど、時間が経てば少しづつ明らかになって来るかなぁと。

予測できる事としては、意外と、西野氏の浦和の「負の部分」に対する認識が甘かったのか?
そして、その「負」の事実が空白の1日で白日のもとに晒されて、彼の思考を逆回転させてしまったのか?
あとは、長期政権を望む浦和に対して、彼自身が「代表監督の夢」を捨て切れなかったとか。
他にも、様々な要因が絡み合って、決して一つの要因だけでなく、西野氏自身が浦和の監督になる事の自分のメリットとデメリットを考えた上での決断だったのかなと。
逆に言えば、西野氏にそう思わせた時点で、西野氏の浦和に対する「拘り」は無かったのかもね。

今考えると、浦和の西野氏に対する根回しが十分じゃなかったのも、西野氏の「降って湧いた話」という、当初の言葉を借りれば、状況的に理解できる。
まぁ、これ以上は何を言っても「タラレバ」になってしまうけど、要は、浦和のフロントの動きが「緩慢」だったという事でしょう…一本釣りを逃した訳だから。

問題は、今後について。
積極的なコミュニケーションを図るため「日本人優先」と位置付けていた監督選び…
取り沙汰されている名前はいくつかあるけどね。
個人的には、日本人に拘ったツケがいつか回って来ると思う。
岡田と西野がNGだと、あとは健太か?
地元の西野ですら口説き落とせなかったのだから…。

以前から言ってるように、コミュニケーションは言葉の問題だけじゃない。
いや、言葉の問題だと位置づけるなら、今まで通訳を務めてくれた人に対して相当失礼だと思うよ。
根本的には、クラブの体制の問題。
だから、クラブの体制がしっかりしていれば外国人だって全然大丈夫だし、ダメなら日本人監督だって同じ。
そういう部分を蔑にして人選を進めれば、手詰まりになるのも時間の問題っていう気がする。
なので、フロントはもっと世界に目を向けて人選を進めるべき。

むしろ、こういう機会だからこそ、監督人選を通じて、フロントには世界にどんどんコネを作って欲しい。
そうでなければ、たとえ今回は国内で監督が決まっても、数年後にまた同じ問題にぶち当たりそうで怖いw。
浦和のフロントには昔っから「その時の結果さえ良ければそれでいい」みたいなところがあるので…。
大事なのは、ビジョンに則った「人選」ですよ!




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